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2023.10.22事務局より

法と心理学会理事会声明 「被害者等の聴取結果を記録した録音・録画記録媒体に係る証拠能力の特則」について

法と心理学会理事会声明

「被害者等の聴取結果を記録した録音・録画記録媒体に係る証拠能力の特則」

について


 2023年6月16日,「刑法及び刑事訴訟法を改正する法案」(閣法第58号)が可決成立した。このうち,「被害者等の聴取結果を記録した録音・録画記録媒体に係る証拠能力の特則」(刑事訴訟法第321条の3)では,以下に掲げる措置が特に採られた情況の下になされたものであると認められる場合であって,聴取に至るまでの情況その他の事情を考慮し相当とみとめるときは,録音・録画記録媒体(以下,記録)を証拠とすることができるとしている。また,その供述者を証人と して尋問する機会を与えなければならない(反対尋問)としている。


(一)供述者の年齢,心身の状態その他の特性に応じ,供述者の不安又は緊張を緩和することその他の供述者が十分な供述をするために必要な措置 [精神的負担の軽減]

(二)供述者の年齢,心身の状態その他の特性に応じ,誘導をできる限り避けることその他の供述の内容に不当な影響を与えないようにするために必要な措置 [正確な情報の聴取]              

([ ]は追記)


 これらの措置は,いわゆる司法面接(できるだけ正確な情報を,できるだけ被面接者の負担なく聴取することを目指す面接法)の主旨と一致するものである。以下,法と心理学の観点から,本特則の意義と,実施にあたっての推奨事項,並びに今後検討されるべき事項について述べる。

 

1.本特則の心理学的意義

一般に,聴取について以下のことが確認されている。

  1. 体験,出来事の記憶は時間とともに急速に失われやすい。
  2. 年少者,障がい者は,健常な成人に比べ,暗示や誘導にかかりやすい。
  3. 面接を繰り返すことで精神的な二次被害が高まる。

 また,法廷での証言について以下のことが確認されている。

  1. 公判で証言するまでの時間経過により,記憶が減衰する。また,誘導や暗示にかかりやすくなる。
  2. 法廷という馴染みのない場での証言は精神的な負担が大きい。
  3. 法廷で行われる尋問は,文が長く,文法的に複雑であり,理解しにくい。

 これらのことから,本特則は,正確な供述が求められる裁判において,すべて当事者にとり心理学的な意義があると考えられる。

 

2.本特則を実施する上での必要事項

 (一)(二)を全うするには,科学的な裏付けのある適切な面接法が,適切に用いられなければならない。心理学的な観点から,以下のような事柄が必要である。

  1. 面接者:研修を受けた中立的な立場にある専門家が面接を行う。
  2. 接法:暗示・誘導のかかりにくいオープン質問を用い,自由報告を引き出すことを旨とする面接法(いわゆる司法面接の方法)を用いる。自由報告を最大限得るために,グラウンドルール,ラポール形成,思い出して話す練習などを行い,終了時には適切にクロージングを行う。
  3. 場所:録音録画設備の整ったストレスのかからない面接室とモニター室を用いて実施する。
  4. 連携:被面接者が繰り返し面接を受けることのないよう,福祉,司法の機関(加えて,必要に応じて医療,教育機関等)の連携のもとで実施する。
  5. 研修と技能の維持:面接者,それを支援するバックスタッフ(聴取をモニターする人),サポーター(面接にあたり子どもをサポートする人)は,いわゆる司法面接の研修を受けるとともに,定期的に技能を維持するための付加的な研修を受ける。

 

3.今後の検討事項

正確な証言が求められる裁判では,以下のような検討が更に有用であると考えられる。

  1. 集約的に対応する機関の設置:特則が効果的に実施されるよう,将来的には,特則に則った司法面接,系統的全身診察,ならびにカウンセリングが集約的に受けられるような機関の設置が望ましい。面接者,医療スタッフが24時間常駐し,事案・事件に対応する専門家がバックスタッフとして参与できれば,遅延なく正確で負担のない聴取が保証されるであろう。
  2. 反対尋問:反対尋問は,証人への心理的・認知的負担が大きいことが知られている。質問が年少者,障がい者,重大な被害を受けたとされる証人に正確に伝わり,かつ,不当に負担をかけることなく正確な応答を引き出せるように,文法,語彙,関連性などに配慮し、より正確な供述の確保と反対尋問の機会の確保の両立が可能な制度を模索することが期待される。

以上

 2023法と心理学会理事会声明2023年10月22日 刑法及び刑事訴訟法改正について.pdf