インタビュー

鼎談2023.04.30

【第2回】 鼎談(相澤育郎 氏 × 笹倉香奈 氏 × 佐伯昌彦 氏)

 相澤育郎(立正大学法学部専任講師)(写真左)

 ・九州大学大学院法学府民刑事法学専攻博士課程単位取得満期退学。博士(法学)。

 ・立命館大学R-GIRO専門研究員、立正大学法学部助教などを経て2023年4月より現職。

 ・専門領域は刑事政策。主な研究テーマは受刑者の法的地位、犯罪者処遇モデル(Good Lives model)、刑事施設医療など。

 笹倉香奈(甲南大学法学部教授)(写真中央)

 ・一橋大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。

 ・日本学術振興会特別研究員(PD)、甲南大学法学部専任講師、同准教授を経て現職。

 ・専門は刑事訴訟法。主たる研究テーマは誤判・冤罪、冤罪救済。

 ・法と心理学会第6期・第7期常任理事(事務局)、第8期理事。

 佐伯昌彦(立教大学法学部教授)(写真右)

 ・東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。博士(法学)。

 ・東京大学助教、千葉大学准教授を経て現職。

 ・専門は法社会学。主たる研究テーマは、裁判員の判断過程や刑事法に関する世論など。

 ・法と心理学会第5期常任理事(事務局)、第6期・第7期理事。

※本鼎談は2023年2月23日にオンラインでおこなわれました。

 

自己紹介 ~法と心理学会との関わり

 

笹倉:みなさん、よろしくお願いいたします。まず自己紹介から。あいうえお順で相澤さんからお願いします。

相澤:立正大学法学部の相澤育郎といいます。専門は刑事法、犯罪者処遇を研究しています。私が法と心理学会に入ったのは2016年に立命館大学のR-GIROの専門研究員として働き始めたときに、そこが法と心理学系の研究グループだったので、その時期に入会したと思います。ですので、学会歴も浅いですし、特に何か委員会活動をしてきたわけではないです。最近は編集委員会で、今はまだオブザーバーみたいな感じですけれども、少しお仕事はさせていただいております。よろしくお願いします。

笹倉:ご入会されるまで、法と心理学会についてはご存じでしたか。

相澤:もちろん学会自体はあるというのは知っていましたけれども、どちらかといえば刑事訴訟法関係の人が多いようなイメージで、あまり自分としてはコミットする感じではなかったと思っています。

笹倉:ありがとうございます。では、佐伯さんお願いします。

佐伯:よろしくお願いします。補足ですが、相澤先生は、2022年度に千葉大学で開催された学術大会の準備も手伝っていただいてますよね。

相澤:そうですね、学会準備は何回かしたことがあります。

佐伯:そこも、先生のこれまでの学会への貢献として付け加えておいてもよいのかなと思い、つい発言してしまいました。

私の自己紹介ですが、立教大学法学部の佐伯です。学会の入会時期について、私もやや記憶があいまいになっているところがあるのですが、2007年に修士課程に進学して、その秋には入会していたと思います。入会の経緯ですが、私は、修士課程では、被害者参加と量刑の問題を研究テーマとしていましたが、その研究を進めるうえで、兄弟子の藤田政博先生にお話を聞く機会があって、そこで法と心理学会を勧めていただいたということがあります。また、前後関係がはっきりしないのですが、その時、私と年代の比較的近い先生方が集まって「若手の会」のようなものをやっていて、そういう研究会にも顔を出させていただいて、年代の近い心理学系の方と議論する機会もあり、そのような流れの中で法と心理学会に入会させていただきました。

学会での役員経験ですが、2012年に千葉大学に着任いたしまして、その年に白取祐司先生から理事長推薦理事のお話をいただいて、そのまま事務局をやるということになりました・・・。率直に言うと、学会の理事自体が初めてで、しかも事務局というのはちょっと大変かなと思ったんですが、ともかく、それが本学会の運営に携わるようになったきっかけです。そこから3期、理事をさせていただいて、1期目は事務局長を、2期目に笹倉先生に事務局長を交替していただいて以降は、一緒に事務局をやらせていただくという感じで、事務局中心に関わってまいりました。入会したばかりで、研究者としてもまだ駆け出しの頃でしたので、理事に指名していただいたときは自分に務まるか不安が大きかったですが、そのおかげで、いろんな先生と個人的にお話しする機会も増えて、結果的に学会のコミュニティに入りやすかったかなと振り返って感じています。あとは、学術大会の準備委員会も何回か経験させていただき、前回の千葉大学での準備もさせていただきました。

笹倉:では、かなり早い段階からもう理事に就かれていらっしゃったんですね。かなりお若かったですよね。

佐伯:そうですね。年齢的には、2012年だと28歳ですか。その時に初めて事務局をやりました。経験がありませんでしたので、つたない運営だったなと今でも反省する部分は多々ありますけれども。

笹倉:いえ、とんでもないです。ありがとうございます。

甲南大学法学部の笹倉です。私自身が法と心理学会にいつ入ったのかというと、修士課程に入った時、すでに法と心理学会を立ち上げる話があって、学会が立ち上がったことは伺っていました。実際に入ったのは、たぶん博士課程に入ってからか、その後、日本学術振興会の特別研究員になってからではないかなと思います。2000年代の前半ですね。その後も熱心には参加したわけではなかったのですが、いきなり理事に当選して事務局をやることになってしまいました。2015年から6期、7期の事務局を6年間やったんですね。佐伯さんの後を引き継ぎ、今も第8期の理事(事務局担当)をしております。

もともとは熱心な会員ではなかったんですけど、事務局をすることで、さっき佐伯さんもおっしゃいましたけど、心理の先生方といろいろ知り合うことができて、共同研究の話なんかにも発展したりしました。事務局は、最初はしんどいなと思うことも多々ありましたけれども、非常にいい経験にはなったのかなと思っています。

という感じで、法と心理学会とのつながりは古い方も、まだまだ最近の方もおられます。

 

学部生、大学院生の時に興味をもって取り組んだこと

 

笹倉:では、みなさんの研究者としてのこれまでご経験について伺いたいと思います。学部生とか大学院生の時に興味を持って取り組んだことは、どんなことですか。どういう学生生活・院生生活をされてましたか。相澤さんからお願いします。

相澤:私は、学部の頃はずっとバンドをやっていました。

笹倉:軽音楽部?

相澤:軽音楽部です。大学に入ってから始めたんですけど、ほとんどずっとバンドをやってました。だからあんまり勉強はしていない、真面目ではない学生でした。

笹倉:ちなみに、ボーカルだったんですか。

相澤:ギターとボーカルをやっていました。コピーバンドとオリジナル両方やって、京都のライブハウスとかでライブしたりしていました。ですので、学問的な話はあんまりできないかもしれません。

笹倉:大学院に行こうと考えたのには、どういうきっかけがあったんですか。

相澤:ずっとバンドをやっていて、あんまり将来のことを考えていなかったので、正直に言えばモラトリアム的な動機で大学院には行きました。

他方で、学部3年生の時に、浜井浩一先生の犯罪学と、石塚伸一先生の刑事政策を受けて、こういう分野が法学部にもあるんだと気づいたのは大きかったです。それから、龍谷大学には「矯正・保護課程」というのがあって、実務家、刑務所の元所長や保護観察官、法務教官といった人たちが授業を持つんです。それを受けていたのも大きかったです。だから、それまでよく知らなかった犯罪者処遇とか、矯正・保護とか、あるいは犯罪学とかがあるんだったら、もうちょっと勉強したいなと思って大学院に入った面もあります。

笹倉:研究者を目指そうと思ったっていうよりは、モラトリアムと、もうちょっと勉強しようかっていう感じで大学院に入ったのですか。

相澤:そうです。最初から研究者になろうっていう気持ちではありませんでした。

笹倉:研究者を目指すようになったのはいつ頃からなんですか。修士課程に入ってから?

相澤:それも、この日から自分は研究者になろうと踏ん切りがついたわけではないというのが正直なところです。龍谷では赤池一将先生が修士課程の指導教官になってくださったのですが、やはり修了には普通の人よりも時間がかかりました。その後、赤池先生に、九州大学の博士課程への進学を勧めていただいて、土井政和先生を紹介していただきました。それで、このまま勉強を続けられるのであれば楽しいかなと思って九大に行くことになったんです。そこでもなかなか博論も書けなかったりしたので、どこかで研究者になろうっていうよりも、こういうことが面白そうだとか、もう論文書かないといけないとかっていう目の前のことをやっていって、残された道として研究者があって、頑張って就職活動をし始めたみたいな、そういう流れになります。

笹倉:ちなみに軽音楽はもうやってないのですか?

相澤:今回の鼎談とは関係ないんですけど、最近バンドを再開しました。三重ダルクという薬物依存のある人のリハビリテーションのグループがあるんですけど、そこが自分たちで古くなったライブハウスを買い取って、ライブハウスを運営してるんです。ダルクの人たちって元ミュージシャンの方とかたくさんいらっしゃるので、そういう人たちが定期的にライブを開催されていて、そのライブに私も参加させてもらっています。昔取った何とかではないですが、当時の経験が少しだけ役に立ってます。

笹倉:昔、学部の時に頑張っていたことが今のお仕事にも生きるということで、非常にいいお話でした。では、佐伯さんはいかがですか。

佐伯:バンドのお話があった後なので、そんなインパクトのある話もなくて恐縮です。就活だと、ガクチカ※とかを何か言わないといけないと聞くことがありますが、正直なところ、あんまり良いエピソードが浮かばないなという感じです。 「学生時代に力を入れたこと」の意味。

学業以外だと、中高でバドミントンをやっていて、大学に入ってからもやろうと思ったんですが、大学に入ってゴールデンウイークになる前くらいかにヘルニアを発症して、しばらく歩くことも難しいという状況になって、大学生活の最初はリハビリ生活から始まったんですね。なので、スポーツとかそういうのとかは縁遠くなってしまって。

笹倉:ヘルニアになってしまったのは、受験勉強で座り過ぎだったとか。

佐伯:小学校の時に剣道やって、中高がバドミントンなんですが、どうも両方とも腰に悪いようなんですよね。受診した時には、それらの蓄積なんじゃないかとは言われましたけど、原因はよく分からないです。ともあれ、そのような次第で、スポーツなどの活動からはフェードアウトしていきました。

その反動ではないですが、この後の研究者になるきっかけにも少し関わってくるのかもしれませんが、学問的には、いろいろな領域をかじりながら、興味の向くままに勉強してはいました。法学部に進学しましたが、なかなか法学の勉強にはなじめないところもあって、他領域にも首を突っ込んで勉強していましたが、それが今の法社会学という分野への関心に結び付いたのかなというふうには思っています。

笹倉:東大って学部ゼミが半年ずつですよね。佐伯さんはどういうゼミに入ってたんですか。

佐伯:ゼミは、3年生のときに刑法のゼミに入りました。名字が同じなので佐伯ゼミということになりますが、刑法の佐伯仁志先生のゼミに入りました。その時はまだ自分の中で法学の勉強をどのように続けるか迷っていたときでもありました。

4年生になって、その後、修士課程で指導教員になっていただく太田勝造先生の交渉ゼミと、法と経済学のゼミをやりました。交渉ゼミでは、大学対抗交渉コンペティションが上智大学で開催されてるんですが、それに参加するというようなことをしました。

ちょっと毛色が変わったところでは、文学部の演習にも参加して、小説家が来て、その下で小説を書くというようなゼミにも出てました。結局、自分の文才のなさをそこで思い知ったというお話ですが。ちょっとバンドのお話の後で、芸術の才がないお話を披露するのは恐縮ですけど。

相澤:いえいえ、私もないのでここにいます(笑)。

笹倉:ほんと幅広くいろいろ勉強されて。でも助教になったんだから、かなり勉強も頑張ったんですよね。

佐伯:頑張ったと言えるのか、正直自信がありません。先ほどお話ししたように、学部時代に気になるところをいろいろかじってみはしたんですけど、そこまでしっかり勉強していたという認識はないです。ただ、そういったところから自分なりの問題意識とか、疑問点を持ったので、そこから修士課程に行こうという意思決定につながりやすかったかなとは思います。就職活動もせず、将来のことをあまりしっかりと考えずにぶらぶら4年間を過ごしていましたので、そういう意味では相澤先生と近いところもあるかなと思います。

笹倉:じゃあ、明確に研究者になりたいと思って助教の職を得たっていうわけでもないんですか。

佐伯:助教になる前に、修士課程に入っているんです。

笹倉:修士からか。そうか、そうか。

佐伯:修士課程に入る時には、研究者になれるかどうかは分からないというか、特に基礎法分野だと、就職先がそんなに潤沢にあるわけではないという話も聞いていたので。だから、研究者になるぞというよりも、なれたらいいなというようなところだったかもしれません。もちろん、なりたいという希望はありましたけれども、なれるかどうかは分からない。でも、とにかく今、こういう研究をしたいという気持ちがあったから、とにかく修士課程に入って、その後行けるところまで行こうという気持ちでいました。

笹倉:法社会学を選んだのはやっぱり太田先生の影響が大きいんですか。

佐伯:そうですね。最初は、刑事法分野に関心があったので、刑法の演習を取ったりもしていたんですけれども、そちらの方は、私の能力的にも難しいし、やはり、関心も少し違うのかなと。太田先生はもともと民事訴訟法を専攻されていたので、民事系を中心に扱われる先生なんですけれども、いろんな研究手法を使って法的な問題を分析するということについて非常にオープンな先生なので、その下であれば、自分が一番やりたい研究ができるのかなと考えるようになり、最終的に法社会学を専攻するということになりました。

笹倉:なるほど。それでその後に助教になったのですね。

佐伯:そうですね、修士課程修了後に助教となり、3年間助教として研究を進めさせていただきました。

笹倉:その頃にはもちろん研究者になるという意思はもう固まって。

佐伯:どうなるかは分かりませんでしたが、このまま研究者としてやって行けるのであれば、このままやっていきたいと考えていました。

笹倉:なるほど。私の話をちょっとさせていただくと、私自身は大学1年に入ってちょっと頑張ったこととしては、語学は頑張ってて。英語はもう過去にアメリカなどに住んでたことがあったのでもういいやと思って、入学手続のときにドイツ語とフランス語を取りたいというふうに交渉したんです、大学と。大学では英語は取らずにドイツ語とフランス語を頑張ってやっていたはずだったんですけど、サークルに入って、テニスサークルだったんですけど。3年生の前期ぐらいまでは結構そちらに時間を取られたのもあるし、何となく学生生活を過ごしてきてしまったって感じです。

ただ、「これではいかん」ということで、3年生の夏休みにドイツに1カ月とフランスに1カ月、計2か月ちょっ語学留学させてもらいました。帰国してきてから心を入れ替えてちゃんと勉強しようと思って、3年生の後期からは結構頑張って勉強したかなと思います。その過程で、もともと私、小さい頃から弁護士になりたいと思ってたんですけど、自分の能力ってあんまりないけど、語学は結構好きなので、それを生かしたいと。そこで、研究者を目指したっていう感じです。学部時代はいろんなゼミに所属していました。最初は、有名な「川人博ゼミ」っていう、労働事件で著名な弁護士の先生が東大の教養学部でしているゼミに入りました。熱心に参加してたかっていったらそうでもないんですが。ただ、川人先生に刑事裁判に傍聴に連れていっていただいて、何をやっているのかよく分かんなかったんですよね。「え?こんなのが裁判?」。当時は書面のやりとり中心だったというのもあるんですけど、「これが裁判なんだ」衝撃を受けたのは覚えています。

その後、2年生のときに英米法の寺尾美子先生が女性学生向けに開講されていたゼミに入ったり、3年生の前期に刑事訴訟法のゼミ、3年生の後期には西洋法制史のゼミ、あとは菅野和夫先生とダニエル・H・フット[Daniel H. Foote]先生が合同でされていたゼミにも入りました。そこが「勉強が面白いな」と思える大きなターニングポイントでもあったかな。それが3年生の後期でした。

その後、大学院では刑事訴訟法を専攻したいと、何かのきっかけで思ったみたいです。そこで、一橋大学の大学院に移りました。当時の一橋の法学研究科は、院生が多く、しかも優秀な先輩がいっぱいおられたんです。その中で色々なことを教えていただきました。指導教員だった後藤昭先生が、とても懇切丁寧にご指導くださったことが、この道に進みたい思った理由です。でも、最後まで研究者なんて本当にできるのかなと、自信がなかった気はします。みなさんも、そういうことがあったという感じでしたけれども。やっぱり研究者になるのってちょっと怖いですよね、就職先があるのかどうかも分からないし。その辺り、どうです?

相澤:そうですね、だから私もいつ研究者になろうと思ってなったかって言われるとちょっとはっきりとは言えないし、今でも研究者を続けられるのかなって思うことはあります。

笹倉:佐伯さん、その辺り、若い方へのメッセージはありますか。

佐伯:僕も正直、最後まで自信がありませんでした。学部で特に優秀な成績を修めていたというわけでもありませんでしたし。だから、研究者になれるのかというと、自信をもってそう言い切れないところはありました。ただ、研究したいトピックがあったということと、法学の中ではまだまだ実証的な知見を使いながら考察を進めていく研究はそこまで多くないから、優秀じゃなくてもこういう研究はやってる人が少ないからそれなりにバリューを出せるんじゃないかというような期待も持ちつつ、行けるところまでしがみ付いてみようかというところで、こちらの道に進んだということです。だから、今の時点で振り返ってみれば、研究者としてのポジションもいただくことができましたが、研究を始めた時点では、やっぱり不安を持ちながら始めたというのが率直なところですし、うまくいかないかもしれないということも一応頭の片隅には置きながらやっていたというのが正直なところです。

笹倉:みんなそれぞれ結構迷いもあったしっていうことですね。研究者になるのはしんどいことでもあります。さて、そんな中で研究上の失敗談みたいなものはありますか。どなたからでも。

相澤:笹倉さんのキャリアの話、もうちょっと聞いていいですか。

笹倉:どうぞ、もちろんです。

相澤:どうして東大から一橋に移られたんですか。

笹倉:いくつも理由はあるんですけど、最大の理由は、私の父も実は研究者なんですけど、父が研究者仲間に聞いたら、その当時は一橋と東北大に院生さんがいっぱいいてとても活発だと。何より、後藤昭先生のところで勉強するのが絶対良いと勧められたのが大きかったです。

相澤:刑訴で大学院行くのだったら一橋という、そういう感じだったんですね。

笹倉:そうですね。

相澤:やっぱりお父さんが研究者で、しかも非常に著名な方だっていうので、そういう影響はあるんですか。親と同じ仕事に就くっていうのはなかなか勇気が要ることかなとは思うんですけど。

笹倉:うちの父※は法哲学を研究してるのですけれども、私が小さい頃は大阪市大にいました。何が印象的だったかっていうと、ずっと家にいたんです。 笹倉秀夫・早稲田大学名誉教授(法哲学)。

当時の研究者が暇だったのか、うちの父が特に学内行政などをしなかったのかはよく分からないですけど。週に2日ぐらい大学に行って、あとはずっと家にいて、ずっと本読んで勉強してたというイメージでした。それを見て、研究者って何ていい仕事なんだろうというふうに思ってたのは確かなんです。私が大学生の頃は、ちょうど就職の氷河期が一番ひどかった頃でもありました。そういう時代にあって、自分の自由に好きなことを追究できる仕事っていいなと思ってしまったのは事実です。でも、現実は、自分がなってみると全然違いますね。研究者も忙殺されて。

相澤:今はね。

笹倉:昔と今とは全然状況が違いますね。ちょっとだまされたというのはあります(笑)

相澤:でも興味深いです。やっぱりお父さんの背中を見てこられた影響があるんですね。

笹倉:そうですね、今となってみれば。論文を書いた時とかに父親に見せたり、色々とアドバイスも含めてもらえたりするっていうのは、非常にありがたいことだなとは思っています。「笹倉秀夫さんの娘さんか」っていうことで覚えていただくということもあったので、ありがたかったなと思います。

相澤:ありがとうございます。貴重なお話を聞けました。

 

研究上の失敗談

 

笹倉:では、失敗談ということで。佐伯さん、いかがでしょうか。

佐伯:失敗談ですか。どれも失敗してそうな気がしますけれども。明確な失敗というわけではないですけど、自分の場合は、心理学的な手法を使って研究をしようとしていますけれども、とはいえ、心理学者と違って学部からずっと法学部できてるので、そういう研究のトレーニングを受ける機会っていうのがないんですよね。だから、実験のやり方とか、分析の仕方っていうのは、いくつかの教科書などを読んだり、あとは心理学の年代が近い先生に少し聞いたりとかしてやっていくんですが、とにかくトレーニングを受けていないこともあって、自分がやっている研究がほんとうに適切な方法でできているのかっていうのは常に心配なところがあります。成功談の話もこの後ありますけど、明確な成功談というのが語りにくいのは、やっぱり、自分がしっかりとした心理学者となるためのトレーニングを受けていないというところが常に悩みとしてあるのだと思います。

特に難しいのは、法律の観点からいろんな問題意識を作っていくところまでは比較的できるのですが、じゃあ、それを実証研究のベースに乗せるためにどういうシナリオを使ったらいいのかとか、どういう質問項目でどういう分析をしたらいいのかっていうところに落とし込んでいく必要があるのですが、具体的なワーディングを詰める時などは、いつも悩んでいます。調査してしまったらもう後から変えられないんですが、調査を実施した後でも、やっぱりもう少しこのワーディングはこうすればよかったかなとか、そういった感じで悩みが残ることはもうしょっちゅうというか、いつもあるという感じです。

笹倉:てっきり佐伯さんって、たぶん心理学部の授業に行ったりしてたのかなって勝手に思ってたんですけど、そうではなくて、全部独学だったんですか。

佐伯:いや、授業自体は受けたりしましたし、質問項目を作るという社会学の演習とかにも出たんですけれども、たぶん実際には実験のやり方とか、卒論を書く過程でいろいろ濃密なトレーニングを受けながらやっていると思うんですが、そういう実地訓練みたいなものはやっぱり授業では受けられないところがあって。そういった部分ですかね。自分が十分できてるのかなと不安に思うところは。実際に、いざ実験なり調査なりを組み立てて、実施して、得られたデータを分析しようとすると、教科書に書いてある知識だけでは決めきれない問題に出会うこともよくあります。

笹倉:私自身も、やっぱり法と心理学会では特にそうですけど、心理学の研究手法っていうのがよく分からなくて。だから「法学者のための心理学入門」とか「心理学者のための法学入門」みたいなそんな連続講座があればいいなっていうふうに思ったりもします。確か犯罪社会学会なんかではそういう講座をしたりしてますもんね、相澤さん。

相澤:「講座犯罪学」のことですか。

笹倉:そうそう、「講座犯罪学」とか。ああいうのがあればいいなと。

相澤:「講座犯罪学」は、どちらかというと犯罪社会学系の話をやってもらうものですね。でも、法と心理学会でも学会前のプレイベントみたいな感じで笹倉さんが「心理学者のための法学入門」みたいなものをやってられませんでしたっけ。

笹倉:あれは2年間だけで、その後コロナで継続できなくなってしまったのですよね。今年からまたプレイベントを開催するそうですので、たくさんの方に来ていただきたいですね

今後も、学会でも基礎的なことを、それこそ今、佐伯さんがおっしゃった演習じゃないですけど、実際に自分も入ってできるような訓練が学会でもできればいいなっていうような気もします。そうやっていろんな模索を続けて研究を続けておられるということでしたが、相澤さんはいかがでしょうか、失敗談。

相澤:書いてしまった後に「ああ、ちょっと違ったかもしれない」とか「あんなこと言わなきゃよかったな」と思うようなことっていうのはしょっちゅうあります。だからそういうのを失敗だというふうに言えば失敗なんですけど。ただ、そこばっかり気にしてると論文が出なくなってしまうので、そこは締切との兼ね合いで、いかに自分を諦めるかが大事になりますね。それでもたまにせっかく依頼いただいた原稿を落としてしまったりとかすると、それは落ち込むことはあります。だから、それは失敗談といえば失敗談です。

ただ研究上の失敗といえるかは分からないですけど、仮に若手の人たちが読まれてるということを想定して考えると、私のキャリアの一番大きな失敗は、やはり修論と博論を出すのに時間がかかったことだと思っています。モラトリアム的な感じで大学院に入ったこともありますし、途中で大学を移ったというのもあるんですけれども、修士も博士も、普通の人よりも時間がかかってるんです。それが後のキャリアに結構響きました。なので、今、修士の方とか博士の方がいらっしゃったら、偉そうな言い方になるんですけど無理せず、決められた期間で書いてしまったほうがいいよと言いたい気持ちがあります。さっきのどこで自分を諦めて論文を出すかって話にもつながるんですけど、修論・博論はもう延ばさずに書いてしまって、次にキャリアを進めて、その後で取り戻すって考えたほうが、長い目で見て研究者を目指す人にはいいのかなって、自分の研究キャリアの失敗としては言えるかなと思います。

笹倉:就職は特に運とタイミングがあるので難しいところはあるなという気がします。相澤さんが最初のほうにお話しされていたところ、私もほんと同じです。論文を書く時に「重要な資料なのに、なんで見てなかったんだろう」とか「出した論文を二度と見たくない」とかっていうようなことのほうが多いです。そして、締切を過ぎてしまうことのほうが多いので、ほんとに各方面に迷惑を掛けてしまっております。落としてしまった原稿もあって、ほんとに一生謝っても謝り切れないことがたくさんあって。そういうようなことしか失敗談といえば頭に浮かばず。研究手法を失敗したとかそういう話じゃなくてほんとに申し訳ないんですけど。でも、そういうようなことがすごく多いです。

でも他方で、やっぱり締切に追われながらでも書いてたりすると、やっぱり面白いなとか、明日報告だよと、泣きながらレジュメ作っていたら、この観点はやっぱり面白かったのかもしれないとか、いろいろな発見もあるので、失敗が転じて成功になるっていうこともあるのかなというようなことは思ったりもします。

 

研究上の成功談

 

笹倉:そこで、成功談のほうに話を移していこうと思いますけど、佐伯さんはどうですか、研究上の成功談。たくさんあるとは思いますけど。

佐伯:いえいえ、全然ないです。成功談は一番語りにくいところだなと思っていました。先ほど言ったように、心理実験なり社会調査なりをとにかくやってみようということでチャレンジしてやっていますけれども、ほんとにうまくいったのかどうなのかっていうのは常に自信がないです。また、研究の粗っていうのは自分が一番見つけやすいところもあって、結構ここが弱いなっていうのはいろいろやっていく中で見つかってくることはよくあります。なので、データを取った後、やっぱり弱い部分っていろいろあるなと思いつつも、でも、やっぱり報告していかないと先に進めないので報告をしていく、何とかしてアウトプットを出していくということでやっていますが、自分の中で成功に値するような業績があるかと問われると、自信をもって答えられるものがないです。それこそ、法と心理学会の会員の皆様に評価をいただくべきところかなと思います。

研究をしながら、成功というわけじゃないんですけど、これが自分の中で良かったなと思ってるところでしたら、多少お話しできるかもしれません。今、相澤先生がおっしゃったように、ある程度諦めを持ってどっかで成果を出さないといけないっていうのは、まさにそのとおりだなと思います。私も直前まですごい悩んで「あと締切が1年延びればいいのに」と思ったことはいくらでもあります。どっかで踏ん切りつけて出さなければいけないということは分かっているのですが、なかなか一人で考えてると踏ん切りがつかない。その点で私が個人的に経験して良かったなと思うのは、私の指導教員が積極的に対外的な報告を勧める先生だったんですね。なので、活字化したものを書く前に、かなりいろんな研究発表の機会がありました。それは非常につらいことでしたが、やっぱり自分の言葉で一回語ってしまうと、何が弱いのかとか、どういうところで迷ってるのかっていうのが結構自分の中で明らかになっていくので、それが最終的に踏ん切りつける時に助けになったのかなと感じています。準備は大変なんですけれども、やっぱり自分一人で悩むよりも、いろんな場で報告していきながら迷ったほうが、わりと最後は「もうここで書こう」というふうに持っていきやすいのかなと思います。

笹倉:佐伯さんのご研究といえば、被害者参加とか、裁判員制度とか、量刑判断とか、最近は少年法とかだと思うんですけど、どういう感じで出会ってきたんですか、いろんなテーマと。

佐伯:被害者の問題を最初に扱うようになったのは、これはまず修士に上がる時にリサーチペーパーのようなものを書くんですね。入学試験の関係で。その時に被害者の問題を取り上げたというのが最初の出発点です。被害者の刑事裁判への参加の局面というのは非常にいろんな議論があって、法学者の中での対立が鮮明にあったんですけれども、じゃあ例えば被害者が参加することによって量刑の在り方が影響を受けるのかとか、そういったような事実の問題というのは、ちゃんと確かめられているというよりも、それぞれ制度に賛成するか反対するかの立場とセットで事実認識が引き出されてように思われ、そこが特に気になっていました。ここはもう少し事実の面から調べたほうがいいんじゃないかというような疑問を持つようになり、そういう研究をしてる人が日本の法学では多くないのではないかと感じたところから、こういう研究もありなんじゃないかと、必ずしも成績が良くなくてもあんまり他の人がやってない分野で研究をすれば、一定の意義が示せるのではないかと思って、最初の研究はそのようなテーマを選びました。法学の勉強にコミットできなかった部分はあるんですけれども、でも、法律の問題に関心自体はあったので、少し違う視点を切り口として入っていけないかということを考えて修士に上がっていきました。

被害者参加に関する研究は、必ずしも裁判員制度に限った研究ではなかったんですけれども、裁判員の意思決定の関係で、心理学的な研究も進めていました。その時に、仲真紀子先生の科研※がちょうどなされていた時期だったので、そちらで裁判員の研究を発展させようと思い、その公募研究として裁判員の研究を深めていきました。 新学術領域研究(研究領域提案型):法と人間科学.研究課題/領域番号23101001.2011~2015年度)

その後、留学を挟んで少年法の世論の研究を始めました。これは裁判員の意思決定とは違うんですけれども、人々の刑罰の考え方とかそういったものを調べるというところで、これまでの研究の延長として始めました。少年法に関心を持つようになったきっかけとしては、私、コロンビア大学のロースクールに留学したんですけれども、そこで(サバティカルの関係で後半の1年間のみですが)スポンサーになっていただいた先生がJeffrey Fagan先生という少年司法も扱う有名な刑事政策の研究者でして、その先生の授業を受けたりした経験が重要でした。また、その当時、ちょうど成年年齢引き下げの関係で少年法改正の議論がなされていたということもあって、じゃあここを素材にしてみようというところで研究を始めたというのが少年法を扱うようになった経緯です。そういう感じで時どきのいろんな状況に影響を受けながらトピックを考えているというところです。

笹倉:佐伯さん、留学2年間行かれたんですよね。

佐伯:2年間です。

笹倉:留学は大きな研究上の影響与えましたか。

佐伯:被害者に関する助教論文の発表も、実は留学中に校正作業を現地でやったんですけれども、一応出版のめどはその時点で立っていたので、いったんこれまでの研究は、ある程度ひと段落つけたとして、少し新しい研究に進みたいという思いがあって留学をさせていただきました。なので、被害者の問題について視野を広げた研究を行うことも課題でしたが、それだけにとどまらず、結構フラットにいろんな授業を見ることができたのは良かったです。まだ十分に自分の中で取り込めていないですけれども、その時に勉強した内容について問題意識が結構広がったりしたので、その意味ではすごい良かったなというふうに思っています。

コロンビア大学のvisiting scholarって、1セメスター中、2つぐらいしか制度上は授業が取れなかったんです。もちろん、いろいろ手はあるのかもしれませんが、制度上はいっぱい授業を取れるわけではないんです。しかし、実際、向こうの授業のアサインメントをしっかりやろうとすると、週2つでも結構しんどいのが正直なところです。とはいえ、2年間、腰を据えて関心の赴くまま授業を取ることができ、そこでいろいろと勉強できたのが良かったです。テーマ的にも少年法を深めようというきっかけになりましたし、心理学だけじゃなくて、文化人類学とか、そういったアプローチの勉強もできて、非常にいい経験だったなと思っています。

笹倉:これからまたその成果をさらに発展させていっていただければと思います。では、相澤さん。

相澤:私は何か賞を取ったこともないですし、輝かしい業績があるわけでもないので、成功談って難しいんですけど、法と心理学会に関係するところでは、やっぱり若手の人と共同研究のユニットを組んでやった経験が非常に良かったなと思います。東洋大学の入山茂さんと、日本大学の福島由衣さんと、東京大の向井智哉さん。もともと入山さんが、私が東京に移るときにこの4人で飲み会を企画してくれたことから始まってるんです。それはその前年の関西国際大学で法と心理学会の運営を若手でやったときの東京組だったんです。それで4人で飲んで、せっかくだから何かしましょうと彼が言ってくれました。

その共同研究では、何か一つのテーマを研究するのではなく、一人一人のテーマに他の3人が協力する、順繰りで研究するというやり方をとりました。だから、向井さんであれば厳罰意識の研究に、僕が法学的な観点からアドバイスしたりとか、あるいは研究室があるのでそこで集まって心理学の研究法を一緒にやったり、そういうような感じで、それぞれがリソースを持ち寄って1人の研究をサポートするということをやりました。私にとってはこっちに来て友達ができたということも大きかったですし、心理学の研究手法を間近で見ることができた。こういう分析方法があるんだとか、こういう統計の検定方法があるんだとか、そういうのを知ることができたのはすごく良かったなと思いました。

笹倉:それは何年前から? 月1回とか集まってやられてるんですか。

相澤:2019年からですね。最初はまだコロナではなかったので。でも、定期的にやってるっていうよりは、研究テーマを一人が最初に設定して、そこから集中的に資料を調べたりとか、みんなで集まれる時は集まって議論したりとか。インターネット調査をする時には、お金を工面したりとかっていうことをやってました。

笹倉:結束が固くて、非常にうらやましくて、非常に面白い手法だなと思います。それは今後もずっと4人でやる感じなんですか。

相澤:いえ、いったん終わりました。このユニットでは一通りやったので終了しましょうということで。実は、まだ私の分は論文を一本書いてないんですけど、そのユニットとしての研究は去年ぐらいに終わっています。

笹倉:若手がそうやって集まって、しかも一つのことをやるのではなく、それぞれのテーマについて他分野の視点から検討するというのは、非常に面白い試みだなと思います。相澤さんはその他にも他分野の色々な人との取組みがあるんじゃないかなと思うんですけど、その辺り、どうですか。自分の研究にそれが結び付いてるとかっていうのも含めてご紹介いただいてもいいですか。

相澤:例えばISRD※という、龍谷大学の犯罪学研究センターが母体になって、社会学系の人たちと、国際的に同じ質問紙を使い中学生を対象とした自己申告式の非行調査をやるというプロジェクトがあります。 国際自己申告非行調査(ISRD: International Self-Report Delinquency Study)

私は、第3次調査に日本として参加した立ち上げの頃から参画していて、今、第4次調査の準備をしています。そちらでは、私は統計の検定とかはできないので、質問紙の翻訳をしたり、実際に中学校に行って回答してもらったりしました。社会学的な調査の方法とか分析の方法とか、非常に勉強になりました。あとは社会福祉学系の人とも「司法と福祉の連携」に関わるような研究を一緒にしたり、医療系の人たちと刑務所医療の研究もさせてもらってます。

笹倉:そうですね、ダルクとかとも、さっきおっしゃったみたいにつながりが深いと思いますし、いろんな分野の方とお知り合いであるという印象がございます。佐伯さんにも聞いたのですが、相澤さんは、例えば刑罰適用裁判官の話とか、ソーシャルインクルージョンの話なんていうのは、どのようにテーマ発見していったのですか。

相澤:そうですね。私はテーマが最初からあったというよりも、いろんな人にテーマを与えてもらったという気持ちのほうが大きいです。博士課程で刑罰適用裁判官というフランスの制度に関心を持ったのも、九大の土井先生は行刑の研究者なのですが、修士の先生である赤池先生がフランス刑事法の研究者だったので、フランスへの関心と土井先生の行刑の関心が合わさって、フランスの行刑裁判官の研究をするようになりました。刑務所医療も、もともとは赤池先生が刑務所医療研究をされていて、一緒に共同研究する中で、自分なりの切り口で研究するようになったという感じでした。なので私は、どちらかといえばいろんな人に研究の領域を与えてもらってるという面のほうが大きいかなと、今振り返ると思います。

笹倉:でも、そういうふうにいいテーマを与えてくださる人が周りにいて、それをちゃんとキャッチできるっていうのも、やっぱり研究上の成果なのではないかなと思っております。

相澤:褒めていただいてありがとうございます(笑)。

笹倉:私自身の成功談ということですが、佐伯さんの話にもさっき留学の話が出てきましたけど、私は留学に行ったことが研究でも人生の上でもすごく大きかったなと。甲南大学から、在外研究の期間を1年間与えていただいて、アメリカのワシントン大学ロースクールに客員研究員として行きました。ワシントン大学自体も、学部でゼミをとっていたダニエル・フット先生のご縁があって留学することができたのですが、そこで*イノセンス・プロジェクトいう現地の冤罪救済の取組みに関わることができました。私自身はロースクールの授業に出たりするのももちろん楽しかったし、ある程度は出たんですけど、もうちょっと実際にどのように実務が動いてるのかも見たいなと思って。そこで現地の弁護士と一緒に冤罪救済活動に関わり、自分でも6件ぐらい事件を担当しました。実はそのうちの1件は、DNA鑑定でいい結果が出て、昨年、有罪の答弁は維持したままですが、終身刑を言い渡されていた人が釈放されました。現地の学生や弁護士や教員とかと一緒に活動して、草の根の活動がアメリカ全体の冤罪救済の運動につながっていって、それがアメリカの司法を変えているっていうところを間近に見れたっていうのはすごく大きかったです。

帰国して、冤罪研究を続けようと思いました。さらに、冤罪の研究も大事だけれども実践も大事だということで、実務家の先生たちと一緒にイノセンス・プロジェクト・ジャパン(IPJ)※と、SBS検証プロジェクト※※という冤罪救済団体を立ち上げることができました。 イノセンス・プロジェクト/イノセンス・プロジェクト・ジャパン(IPJ:Innocent Project Japan ※※SBS(Shaken Baby Syndrome:揺さぶられっ子症候群)検証プロジェクト 

ただ、もっとこれらのプロジェクトを早く立ち上げていれば、この人たちはもしかすると冤罪で捕まらなかったのかもしれないなんていうふうに思うと、成功とは言えないところも大きいと思ってます。特にSBS(揺さぶられっ子症候群)の冤罪については、あと5年早く活動していたら、多くの誤った起訴はなされていなかったのかもしれないなと思うと、すごく大きな責任は感じます。だから、成功談というよりは失敗談なのかもしれません。

でも、そうやって色々な実務家の先生もそうですし、法と心理学会でもそうですが心理学の先生方などともつながることができたっていうのはすごく大きくて。もちろん理論研究もしなきゃいけないんですけど、それだけではない研究の道も開けたかなという気はしております。

相澤:最近大きなIPJムーブメントが起きて、クラファンクラウドファンディングでも非常に話題になりましたよね。どうですか、反響はありましたか。

笹倉:ご協力いただいてほんとうにありがとうございました。反響もいただきましたし、学生も冤罪の救済にすごく興味を持ってくれています。若い世代にもこういう社会問題に取り組むっていう動きが出てきたところは大きかったなというふうには思います。もっと頑張らなきゃいけないところだとは思いますし、理論的にも化させなければいけないと思いつつ、なかなかできていないところが忸怩たる思いではありますが。

相澤:結構熱心に、甲南大学の学生さんも活動されているんですけど、私はなかなか学生を巻き込むの苦手で。どんなふうにして学生がコミットしていく空気感を作られているんでしょうか。

笹倉:どうしてなんですかね。

相澤:笹倉さんの人柄じゃないですか?

笹倉:そんなことはないと思いますけど。でも、甲南大学では「刑事法入門」という1年生前期の科目があります。その講義で、「甲南大学でしかできないことやりませんか」という形で、上級生から呼び掛けてもらう。上級生を通じて下の学年に活動を広げていくというのは一つあるのかなとは思います。学生たちもいろいろ考えてくれます。例えば試験前の対策の勉強会をするとか、昼食会をするとか。あと、裁判傍聴には、なぜか知らないんですけど、うちの大学の学生は入学時からとても興味があるので、傍聴ツアーをやりましょうとか、いろいろアイデアがあります。グループで核となる子がいれば、その子たちが自動的にいろいろやってくれますね。ということで今、うちにはIPJのボランティア学生が90人ほどおります。

ということで、教育の話になってしまって申し訳ないんですけど、それを研究にも生かして、研究、実践、教育という形で、三位一体っぽいことができればいいなというふうに暗中模索をしております。

 

事件相談や取材への対応について

 

笹倉:さて、法と心理学会の鼎談ということで、前に若手の心理学の先生方が鼎談をされた時に、幾つかの疑問が出てきてました。ちょっとその辺りについて簡単に議論していきたいと思います。

「個人から具体的な事件の相談があった時に、法学の分野は対応の仕方についてガイドラインなどあるのか」というようなお話が心理学の側ではありましたが、みなさん、どんな感じでこの辺りは対応されていますか。まず、そもそも具体的な事件のご相談ってあったりしますか、相澤さん。

相澤:そうですね、確かに法学部で働いてると、そういうことはないわけではありません。身内でちょっと事件を起こしちゃった人がいたとか、家族間でもめてることをどうしたらいいかなっていうふうに、個人的に、例えば友人とかから聞かれることはあります。ただそういう場合に、何かガイドラインに基づいて対応しているかというとそうではなく、私が知っている公的機関を紹介するか、あるいは個人的なつながりで詳しそうな法律家・弁護士さんとかがいれば相談をする。もちろんそれは、お相手には了承を取った上で、こういうご相談っぽいんだけどどうでしょうかと、知り合いの弁護士さんにお尋ねするっていうことはあり得ます。そのぐらいの対応です。

笹倉:法学の分野で別に明確なガイドラインとかがあるわけではないけれども、「第三者に私を通じて相談してもいいか」という時は、もちろん本人の了承を得るし、基本は本人の同意ベースという感じですよね。

相澤:そうですね、相談もらった段階でそれは原則です。

笹倉:そうですよね。佐伯さんはどうでしょうか。

佐伯:私は、そもそも個人的な事件の相談を受けるっていうことがほとんどないです。なので、それが問題となったことっていうのは今までの経験上ないかなというところです。

笹倉:私自身はやっぱり研究分野もあって、結構いろんなご相談が届くことがあるんですね、知ってる方、知らない方含めて。「自分は冤罪の疑いをかけられています」といったご相談が来た時は、迷わずIPJの申込フォームからご相談くださいとご案内します。その他の事件の場合にも、こういう弁護士さんがいるからということでご紹介をする。もちろん先方のご了解を得ます。まずはあなたの事件を弁護士さんにご紹介をしましょうか、と了解を得たうえで、こういうご相談についてあなたにご相談してもいいかということで、今後は弁護士さんの側にご相談するという形です。弁護士なので、個人情報の扱いについてはもちろんプロですけれども、ある程度抽象化して、こういう事件についてご相談に行ってもいいかというような形で聞く形になります。そういう秘密についてはやっぱりご本人の承諾ベース、同意ベースってことですかね。

相澤:そうですね、個人的に来る相談レベルなら、いきなりそんな深い話からは来ないことが多いです。「どっか知らない?」みたいな感じなので、そこまで深い事件の内容みたいなことまでは聞かないので、正直そこまで意識したことはないです。

笹倉:研究の時に、例えば具体的な事件を扱ったりして、そこでいろんな要配慮個人情報みたいなのが出てくるわけですよね。そういうときは、各大学にガイドラインが一応あるとは思いますけれども、その他でどういうような対応をされていますか。気を付けてることとかってありますか。じゃあ、相澤さんから。

相澤:もちろん研究会で「これ、個人情報だから」と言われたものは出さないし、その場で廃棄・返却するようにします。アンケート調査で個人情報を扱い得る場合には、事前の承諾書を取る、ないしは倫理審査委員会で指摘されたデータの保管方法を取るというような対応を取るという感じです。この辺はむしろ佐伯さんのほうが詳しいかもしれないです。

佐伯:私は、例えば最初の頃にやった研究で、検察庁が保管してる確定記録を取り寄せてデータを抽出するというような研究をやりましたけれども、それももちろん確定記録なので、手続に基づいて申請すれば開示は受けられるし、かつ、個人情報とかに関しては、検察庁のほうでマスキング処理した上で出てくるものです。とはいえ、具体的な事件を特定するような形で報告することはしないということはあらかじめ申し出ていましたし、記録も一定の時期になったら破棄をするというようなことを約束しましたあと、公表するに当たって、事件を特定する意図はないんですけれども、やっぱり件数に限りがあるので思わず事件特定されてしまわないように細心の注意を払い、最終的にはこういう形で公表しますということは事前に相談したりとかして、もちろん、自分自身でも問題ないということを判断しましたが、そのようにしながら慎重に進めたということはあります。このように、具体的な事件として特定できないような形で処理をしたうえ報告では使いました。

笹倉:逆に、研究に当たって、日本は過度に情報を出さないようにしすぎているいう部分が障壁になっていることもありませんか。佐伯さんとかどうですか、裁判員の守秘義務の問題とか含めて。

佐伯:個人的な経験でいうと、もちろん賛否はあるのですが、インターネット調査の使い勝手が良くて、最近よく利用しているのですが、調査会社の方で調査項目に対して従来よりもずっとセンシティブになってきているように感じられ、それで困ったことがありました。裁判員経験に関する質問を聞こうとしたら、守秘義務とかいろいろあるから駄目なんじゃないかっていうのがまずバンと来て、ここまでは全然聞いていい内容なんだというようなことはいろいろ説明をするんですけれども、過度に聞いちゃいけないみたいな空気が強いのかなというふうに感じるところはあります。もちろん、インターネット調査だと、やっぱり個人情報と調査会社の中ではひも付けられてるので、いろいろ注意をしないといけないというところはあるのかなと思いますが、過度に調査会社が聞いちゃいけないんじゃないかというふうな感じで最初ガードしてくることがあるので、少し議論して、ここまでなら聞いていいとか、こういう聞き方なら大丈夫だろうとか、そういう調整をする必要があったっていうのは最近経験したところです。わりと法律が想定してるよりも広い範囲で聞いちゃいけないという空気があるのかなというのは感じました。

笹倉:そのあたりが、裁判員研究に対して障壁となっているっていうのもありますよね。

佐伯:そうですね、調査計画を練ろうと考えた時にも、やっぱり具体的に実施できるのかどうなのかっていうところは、あらかじめ詰めておかないとうまくいかないかもしれないので、ちょっとその辺りは慎重な計画が必要かなというふうに感じています。

笹倉:個人的には、例えばですけど、刑事訴訟法281条の4に「開示証拠の目的外使用」の規定っていうのがあるんです。検察官から開示された証拠について、刑事裁判の目的以外で開示してはいけないっていうことですが、こういう条文があることによって、裁判研究が非常に制約されているなと感じるところです。佐伯さんのお話にもあった確定記録も、なかなか開示してくれないんですよね。研究目的だったら比較的通りやすいんですけど、でも黒塗りべったりだったりするので、こういう裁判の記録って誰のものなのかとか、証拠って誰のものなのかってことも含めて、特に研究目的だったら「公益目的」なんじゃないかってとこも含めて議論する必要があるのかなと、個人的には思っています。今後、その辺りを研究していきたいなと思っています。

さて、心理学の先生方からは、取材などの依頼を受けた時に、自分の専門じゃなかったらどうするのかみたいなお話もあったんですけど、その辺り、お2人どうしてますか。じゃあ、相澤さんからどうぞ。

相澤:専門でなくても何とか分かる範囲は答えたいという気はありますけど、それは怖いところもありますね。私、そもそもそんなに取材を受けたことないですけども。ただ自分の専門とはちょっと違う取材の依頼はありました。そういう場合は、まず自分の知っている先生を紹介することを考えるんですけども、先生によってはいきなりその話を振ると嫌がる方もいらっしゃるので、そこはワンクッション置いて、まず私からその先生に、取材の依頼が来ていて自分では対応し切れそうにないので、先生のお名前を出して紹介させてもらってもいいですかっていうような形で紹介したということはありました。知り合いの先生であればそういう対応ができます。全く知り合いじゃない場合でも、こういう研究者がいて、この人のほうが適切なんじゃないかって思うことはありますけども、そういう場合にどうするのかっていうのは悩ましいところです。研究業績は見れば分かるので、研究業績だけご紹介して、こういう研究されてる先生いますよっていう程度の紹介でとどめるのか、ちょっとそこは難しいところかなと思っています。

笹倉:佐伯さんはどういうふうにされてます?

佐伯:私も取材の話はそんなに多くはないですけれども、全くないわけではなくてお話を受けることはあります。対応の仕方はいろいろですけれども、自分の専門とやっぱり違うなとか、あるいは取材の内容が非常に広くて、その中でお答えできる部分はここしかないな、それ全部に答えるのはちょっとつらいなとか、そういうような印象を受ける取材依頼が来ることは時折りあります。そういう時はやっぱり自分では答えられないというふうに判断すれば、私は答えられないという形でお返事してます。その先、答えられそうな人を紹介するかどうかというのは、個人的に紹介できそうな先生の心当たりがぱっと浮かべば、一応紹介できそうな心当たりはないではないということは伝えます。ただ、いきなり持っていくのは適切ではないので、私のほうでワンクッション挟んで、お話を回していいかどうかを聞いた上で、先方の了解が取れれば紹介できるかもしれませんみたいな感じでお返事することはあります。ただ、そういうふうに提案して、具体的にその話が進んだっていうことは今までありません。なので、実際にそういった紹介をすることはないんですが、一応方針としてはそういうやり方で考えてるというところです。

笹倉:なるほど。私の場合は事件関連とかでよく取材が来ます。2人とだいたい同じかな。自分に答えられる範囲だけは答えて、答えられないところは、例えば、特にメディアによく出ていて「この人、もう了解取らなくても、この記者だったらしっかりしてるし紹介しても大丈夫かな」って人は、「こういう人がよくコメントもしてるので、ご連絡先を知っていたらご連絡いただければいいですし、そうでなかったら、大学の広報などを通じても連絡できるかもしれませんよ」みたいなことお伝えしちゃうこともあります。特に、私の大学の刑事法系の元教員は取材に応じていることが多いので、向こうも結構私に取材を回してきますし、こちらも回すことが多いので、そういう形で対応することもあります。そのほかの人については、お二人と同じように事前にその本人にも聞くようにしているっていう感じです。

逆に、取材受けた時に注意しているのは、自分の意図と文脈が違う形で流れないようにするいうことに気を付けています。だから、必ずコメントの「打ち返し」、つまり、自分のコメント部分については私の言葉なので、どういう言葉で載せるかは教えてくださいと、事前のチェックをさせてもらうようにしてます。それでも勝手に出しちゃって、ちょっと後で「これ、意図と全然違うんだけど」っていうようなことはありますね。その辺りはしっかりと、記者と緊張関係を持って議論しなきゃいけないなとは思っています。

 

現在の興味・関心 ~今後の抱負

 

笹倉:では、最後の部分に行こうかなと思います。現在の興味とか関心、今までのお話とかぶる部分もあるかと思いますけれども、今後の抱負も含めて、ひと言ずつ頂ければと思います。では、佐伯さんから行きましょうか。

佐伯:今の研究の関心ですけれども、先ほど少し話題に上りましたけれども、今、少年法に関する世論とか、そういう研究を一回やって、一応活字化までしたところです。その関係でもう少し世論っていうのを深掘りしたいなという関心が広がってきています。刑事法における世論っていうと、国民は厳罰を求めている、その厳罰意識をどうするんだっていうような捉え方での研究が多いのですが、少年法の世論に関する論文※でも少し書いたんですが、国民の意見というのはもう少し多様というか、いろんな情報に反応する部分があって、何を世論として捉えて、どういうふうに政策論の俎上に載せればいいのかというところを、もっと考える必要がないのかなと考えています。 「少年法に対する世論の心理学的検討」法と社会研究755-86頁(2022年)

今までの世論の捉え方はちょっと一面的過ぎるのかなという問題意識があったので、その部分をもう少し深める研究をしてみたいなというところで、今、研究活動を続けています。

笹倉:科研費も取って、今度もまたシンポジウム※とかを開催されるみたいなので、そのご研究、非常に私も個人的に楽しみにしているところです。2023年3月10日に早稲田大学で開催されたシンポジウム「民意と刑罰・再考」において、佐伯氏がコメンテーターを務めた。

佐伯さんとしては、その辺りを今後深めていくっていう感じですね。

佐伯:そうですね、さしあたり自分が主として進めてる研究としては、そういったところを中心にやっていきたいなというふうに考えています。

笹倉:ありがとうございます。相澤さんはどうでしょうか。

相澤:私も、犯罪者処遇という大きなテーマを持っているので、受刑者の法的地位論もそうですし、グッドライフモデルとか、刑事施設医療もそうですが、犯罪をした人たちを施設の中でどう扱うのかという大きな研究については、これからも続けていきたいと思います。特に現在では、刑法が改正されて自由刑の一本化が動き出しているところで、刑務作業だけではなくて改善指導も刑罰内容に含まれるんじゃないかという議論がされていますので、それに関わる法的問題や、処遇上の人間科学的な問題、心理学の面も含めた問題を総合的に検討したいと思っています。今までいろいろ散漫にやってきたところがあるので、それをもう少し一つにまとめて大きな研究にしたいというのが今後の抱負かなと思っています。

笹倉:拘禁刑一本化っていうことで、今、現場も大変だと思うので、理論的な基礎をぜひ提供していただければと思っております。

私自身は、やはり冤罪の問題に興味があるんですが、さっきも少し出てきた記録の利用とか、証拠の開示とか、その辺りに今、関心を持っております。もともと私、博論は「刑事裁判の公開原則」をテーマに書いたのですが、最終的には「知る権利」というところに帰っていくところもあるのかなというふうに思っています。刑事裁判の結果、冤罪事件を検証して、その結果をしっかりと共有して、同じ間違いが起きないように制度を変えていく必要があると思っています。その検証のための素材をどうしていくのかっていうこと、研究者としても研究の素材がないと研究できないのですが、今は非常に制限的に運用されてしまっている点が多いです。その辺りを変えていければと思っています。同時に、最終的には日本の冤罪をなくすために努力を続けていきたいと思っております。本当に、何て言うんでしたっけ、「ごまめの歯ぎしり」みたいなものではありますけれども、頑張りたいと思っています。

 

法と心理学会へ

 

笹倉:最後に、法と心理学会についての期待とか、入会して良かったこと、さらに若手の法学、心理学だけではなく、さまざまな研究者に法と心理の面白さをアピールしていただければと思います。では、会員歴の長い佐伯さんからどうぞ。

佐伯:これまでの話とも関係しますけれども、学部と大学院はずっと法学で、心理学という研究領域を完全に分かっていないというか、ちゃんとトレーニングを受けてこなかった人間なので、心理学の先生方と交流が持てるというのは非常に有難いことですし、研究の幅というか、そういったものも広がってきたのかなというふうに思っているところです。法学と心理学の2つに分けちゃうっていうのもちょっと粗雑かもしれませんけれども、両分野の先生方と密な議論ができる場というのは非常にいいところなのかなというふうに思っています。ですので、どういう関心を持って法と心理学会に来るのかというのは、おそらく分野によって、あるいは領域によって違ってくるというところはあると思いますけれども、活発な議論をしながら研究活動を進めていく上で非常によい環境かなというふうに思っています。

その観点でいうと、やっぱりコロナ以降、何とか学会をオンラインで続けてこられて、昨年は対面開催ができたわけですけれども、やはり私自身の経験を振り返ってみても、単に研究報告の場があればいいというだけではなくて、裏側でのいろんなインフォーマルなやりとりの中で結構刺激を受けることも多かったところで、なかなか時勢上難しいところはあるかもしれませんけれども、そういった交流の場、もちろん、学会でのつながりを軸にプライベートなつながりを持ち続けてる方もおられるとは思いますけれども、やっぱりもう少しいろんな領域を専攻する会員の方々がもっとフランクに交流できる場というものを学会として提供していくことが今後大事になってくるのかなと感じているところです。

笹倉:ありがとうございます。オンラインになって便利な側面はすごくありますけど、雑談が減ってしまったっていうのはさみしいところで     すね。さっきの相澤さんの話じゃないですけど、雑談から共同研究が生まれるっていうことも多々あるので、出かけなくて便利なオンライン学会ではありますが、対面の機会も大事にしたいなっていうのは私もほんとうに思うところです。では、相澤さん、どうぞ。

相澤:入って良かったことは、さっきの話ともつながるんですけれど、一緒に共同研究をしてくれるような若手の人たちと知り合えたのは非常に大きいと思っています。一人で東京に出てきたタイミングで彼らが友達になってくれて、共同研究が終わっても、今でも折を見て4人で飲みに行ったりしているので、そういう土壌があった法と心理学会があって良かったと思っています。立命館にいた時も山崎優子さんとか、山田早紀さん、金成恩さんとか、立場が同じような人たちと一緒にいろいろ仕事ができて仲良くなることができましたし、そういう意味ではこの学会で良かったなって思います。今後もそういうこの学会の雰囲気みたいなものを維持していってもらえばいいし、私も中堅に差し掛かってますので、そういうものが維持できるような形で続けていければ良いかなと思っています。また法と心理学会がいろんな研究分野に開かれていけば、私がやっているような犯罪者処遇のほうにも関心を向けてくれる方がもう少し増えてくるかもしれない。もともと私は法と心理学会は、刑訴の人たちが多い学会だから入らなくていいかなと思っていたって最初言いましたけども、それが徐々に広がってきて、いろんな分野で法と心理のコラボレーションが広がっていくような形になっていけばいいかなと思います。

笹倉:そうですね、犯罪者処遇についてももちろんそうですし、あるいは刑事法じゃなくて、民事法とか、商法とかも心理学的に解明しなければいけない部分ってたくさんあると思います。最近は学会にも増えてきてはいますけれども、さらに他分野の法学者が     心理学者と研究する意義はあると思います。いろんな方が増えていただけるといいなとは思います。私自身は法と心理学会に入って良かったことは、たくさんあって。特に事務局をしていた時は、佐伯さんもご存じかと思いますが、苦労はいろいろありました。でも、事務局をしたことで、いろんな先生方に名前を覚えていただけたということもあるので、学会の仕事というのは大変なようにも思いますし、実際に大変でもあるんですけど、ぜひ若手の研究者のみなさまには、こういう目立たない仕事もしていただくと、後できっといいことがあるよっていうのをお伝えしたいなと思います。

特に心理学の先生方のお力っていうのは、冤罪事件を解決するためにはほんとうに欠かせないです。日本の刑事裁判はそもそも供述依存というところもありますし、自白の任意性、信用性が問題になることもあれば、目撃者の供述の信用性が問題になるってことも多いです。心理学的知見は、裁判例でいかに扱われようと絶対に重要だと思っています。だから、心理学の先生方と気軽に意見交換できるような立場になれたってことはとてもありがたく思っています。それだけではなくて、共同研究を、例えば関大の藤田政博先生たちと一緒にしていたり、翻訳のプロジェクトを仲真紀子先生とか、指宿信先生とか、伊東裕司先生、徳永光先生、大橋靖史先生など、法と心理学のまさに中枢の先生方と一緒にやっているのですが、すごくありがたいです。翻訳を一緒にやるというプロセスは、佐伯さんとも昔、一緒に作業したこともありますけれども、いろんな分野のことを翻訳している中で、例えば翻訳のことばの選び方も含めて学べるというのはすごく大きいです。若い方にはぜひ、「何を共同研究していいのか分からない」という場合も、何かの本の翻訳を一緒にしてみるというのも手かなと思います。

あとは期待すること。さっき相澤さんもおっしゃいましたが、いろんな分野の方が入ってきていただくことで、さらに裾野を広げれればと思います。刑事法の中でも、心理学的な知見をしっかり生かせていない、理解されていない部分が多いと思うんですよね。その辺りを一緒に解明していくというプロセスを若手の心理学者にもぜひ期待しておりますし、あるいは若手の法学者にも、他分野の先生方とお話しできるという楽しさを実感していただければと思っております。

では、法と心理学会の心理学の先生方に期待することはありますか。次の鼎談につなげるという感じで。何かあれば。

佐伯:心理学者がどういう問題関心で法と心理学会に来られているのかは、研究領域によって、あるいは個人によって違うところがあると思いますが、法学サイドから考えると、やっぱり心理学の知見を用いて、法実務とか法政策にある程度直結するような知見を期待してしまうところがあります。その意味で言うと、心理学者の方ももちろん悩んでるところかもしれませんし、どういったかたちで法的問題とのレレバンスを持たせるのかっていうところは試行錯誤されながら研究されているかと思いますが、心理学者が研究や実験をしてそれに対して法学サイドがコメントをするというような関係ではなく、その前段階から心理学者と法学者とが問題関心を共有しながら具体的な研究のアイデアを育んでいくというような研究プロセスが、今でも全くないわけではないのかもしれないですけど、それがもう少し広がってくると、これは法学サイドの希望なのかもしれないですけれども、有意義な知見がより多く産出されていくことになるのかなとは感じるところです。

笹倉:ありがとうございます。相澤さん、何かありますか。

相澤:偉そうに期待なんていうことはないんですけど、心理学者の方には、法学のやっていることとか、法学者が言っていることとかを聞いて、法学を嫌いにならないでほしいなとは思っています(笑)。法学はやはり常に政治的であるというか、価値に基づいて議論しますよね。他方で心理学は、やはり価値中立的に科学的であろうという気持ちが強いと思うんです。でも、常に価値中立的でいることは難しいと僕は思っていて、法学と関わるということは、やはりその価値を帯びながら一緒に研究するということになると思うんです。そこを嫌がらないでほしい。あまりいい言い方じゃないかもしれないけども、そういう政治性と価値性というのは、どうしてもこの分野は帯びざるを得ないってことは知っておいてもらいたい。また、そこを意識せざるを得ない時代になりつつあるのかなと感じています。

笹倉:ありがとうございます。刑事法は「ここは譲れない」という理念や価値があるとは思うんです。「疑わしきは被告人の利益に」とか、証拠裁判主義、公判中心主義などなど。そういった理念や価値観をまず共有し理解いただいた上で一緒に研究を進めるっていうのが、もしかしたら一番生産的なのかもしれないなというところはあります。「何でそうなっているのか」という歴史的な理由を共有して、一緒に研究を進めていけたら。それがおかしいっていうふうに考えられる部分もあるかもしれないんですけど、その辺りを一緒に議論していければなというのは私も思うところです。

相澤さん、佐伯さん、今日はありがとうございました。

相澤・佐伯:ありがとうございました。

(了)

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