法と心理学会について

理事長挨拶

 法と心理学会は、心理学と法が交わる学問の領域に関心を持つ会員が集まり、研究上の交流を行う場として2000年に設立されました。そして、法と人間行動に関する学術的知見だけでなく、裁判や捜査に役立つ知識を積極的に提供してきました。

 

 法と心理学会がそのような活動を始めて25年が経ちますが、法学と心理学の関係の深さについては、現在でも広く理解されているとは言えません。しかし、法とはどのような営みなのかを考えると、心理学との関係の深さが見えてきます。

 

 法律学は、要件と効果の組み合わせで人間関係を理解し方向づける営みですが、その対象となっているのは常に人間とその行動です。たとえば、契約を結ぶ、規範に従う、違反する行動を抑制する——といったものです。

 

 一方、心理学は人間の行動を科学的に研究してその背後にある精神作用のメカニズムを解明し、それによって人間の本来の性質(human nature)を理解する学問です。

 

 人間を理解せずして、人々の行動を規律するルールを作ることはできません。したがって、法の営みには心理学の知見が不可欠です。現に、意思表示理論や伝聞法則など、心理学に影響を受けた法律学の基本的理論が存在します。

 

 したがって、科学的な人間理解に基づいて作られた法こそ、現実の社会でうまく機能するといえるでしょう。それは、分野の本来的性質として社会の中で機能することが求められる法学には、必ず備えておくべき条件とも言えるものです。

 

 逆に言えば、人間科学の成果に関心を払わずに構築された法理論は、人々の行動をうまくルールとして記述することも規律することもできずに終わる可能性があり、法学の本来の使命を果たせないものとなります。

 

 このことについて、法学の泰斗である末弘厳太郎博士は、既に100年前の時点で、次のように指摘していました。

 

 「概念的に美しく組み立てられた法律学がだんだんと世間離れしてゆくことは悲しむべき事実である。而してそれは従来の法律学が其の対象たる『人間』を深く研究せずして単純にそれを仮定したことに由来するのである。」 (末弘, 1923)

 

 このように、法が現実社会の中で機能するためには、人間を深く研究した上での理解が必要であるという認識は、法学の歴史において存在してきました。

 

 一方、心理学の観点からすると、目撃証言の状況を想定した記憶の研究 (Cattell, 1895) のように、法を研究フィールドとした心理学の研究は19世紀の近代心理学の曙の時代から現在に至るまで絶え間なく続いてきました。

 

 法という研究フィールドは、心理学に対して解明すべき課題を常に与える、心理学にとって重要な応用分野です。それにくわえて、現実社会と接する重要な接点となってきました。

 

 たとえば、陪審の人数は何人であるべきか等の法制度上の問題について、社会心理学の知見が裁判所の判断において参照されるなど、法というフィールドにおいて、心理学はダイレクトに役立ってきたのです。

 

 このことは、心理学の内部から、「心理学は社会に役立つことを重視するべきである」という考えが繰り返し主張される現在、特に思い出されるべき事でしょう。

 

 以上を踏まえ、法と心理学会は、法と人間行動に関する理解を深化させるとともに、その理解に基づき、法と実務の課題に対する解決策を提案します。

 

 そして、学術的知見を以て公正な社会の実現に寄与する場となるよう、活動を継続してまいります。

 

 今後ともご指導とご支援を賜りますようお願い申し上げます。

 

法と心理学会
 理事長 藤田政博
 2024年10月

 

 

文献

 

Cattell, J. M. (1895). Measurements of the Accuracy of Recollection. Science, 2(49), 761–766. 

末弘厳太郎. (1923). 「小智惠に捉はれた現代の法律学」『嘘の効用』 改造社.