インタビュー

インタビュー2021.04.02

【第2回】大橋 靖史 氏(淑徳大学総合福祉学部教授)

大橋 靖史(淑徳大学総合福祉学部教授)
 専門は法心理学、犯罪心理学、認知心理学。
 1992年早稲田大学大学院博士後期課程単位取得退学(2003年博士(文学))。法務省法務技官、早稲田大学助手、淑徳大学専任講師・助教授等を経て現在に至る。自白や目撃証言の供述分析を専門とする。法と心理学会常任理事、公益社団法人千葉犯罪被害者支援センター理事長。 
 福島 由衣(日本大学人文科学研究所・研究員)
 2017年日本大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程修了。専門は認知心理学・法と心理学。目撃者を聴取する警察官や検察官などの面接者が目撃者の識別と供述に与える影響に興味がある。  
 松尾 加代(慶應義塾大学先導研究センター・研究員)
 2012年慶應義塾大学大学院社会学研究科心理学専攻後期博士課程単位取得退学。専門は認知心理学・法と心理学。研究領域は裁判員の判断過程、目撃記憶。



―― 本日はよろしくお願いいたします。


大橋 よろしくお願いします。


―― 早速ですが、大橋先生のこれまでのご経歴について教えてください。


大橋 僕は、学部と修士課程は早稲田大学に在籍して、時間評価に関する研究をしていたんです。時間が長く感じる、短く感じるといった認知心理学の研究です。僕の指導教官の研究領域は、僕の興味のある領域と全く違っていたので、「好きなことやっていいよ」という感じで、あまり専門的な学問的指導は受けられなかったんです。そんなこともあって、時間研究を実験心理学の領域で行なっていくことに限界を感じて、修士課程を終え公務員Ⅰ種の心理職として、法務省に就職したんです。少年鑑別所で仕事をすることになったんですが、その時に矯正研修所で法律や裁判についての研修も受けました。


―― そこからどうやって博士の学位を取られたんですか。


大橋 仕事を始めて2年程経ったときに、やっぱり心理学の研究を続けていきたいと思い退職したんです。実は寿退社で。


―― え。それはどういうことですか。


大橋 博士課程に進学して、職場で出会った同僚と結婚しました。その頃は、法務省の官舎で暮らしていました。


―― なるほど。そして、博士課程では何をされたんですか。


大橋 いろんなことをしました。ラットを被験体とした動物の記憶実験をしたり、職場でのストレスについても研究しました。職場ストレスは、学部からの恩師の研究領域だったんです。ですから、企業に出向いて職場ストレスのセミナーをやったりもしました。でも、僕がもともと興味のある研究領域は人間にとっての時間の問題なんです。自分の好きなことと、周りからの評価は必ずしも一致しないんだって思いました。


―― そうですか。そこから、どうやって法と心理の領域に入っていかれたんですか。


大橋 博士課程が終わってから、早稲田大学で助手をしていたんです。その時に研究会に参加しました。ギブソン (James J. Gibson) の生態学的心理学を基盤にした研究会だったんですけどね。ギブソンは、外界にある情報は直接的な知覚を通して、事実として獲得されると主張しています。そして、研究会では、生態学的心理学を基盤に、直接知覚で得られた情報を「思い出すこと」について研究を始めたんです。


―― それが、法と心理にはいるきっかけとは、どういうことですか?


大橋 ちょうどその頃、関西では浜田寿美男先生が供述分析をされているという話を聞いたんです。供述分析って、過去に起こった出来事について思い出した内容を分析するということですよね。それは、僕の元々の興味である「時間」の問題とも関連していて、興味深かった。浜田先生も「東京の方でなんだかおもしろい研究会をやってる人たちがいる」というのを誰かから聞いてたそうなんです。それで、浜田先生が東京で依頼された供述分析を、僕たちの研究会に持ち掛けてくださったんです。


―― そこが始まりなんですか?


大橋 そうなんですよ。


―― もしかして、それが「東京自白研究会」の始まりですか?


大橋 そうです。供述分析を行うとなると、ギブソンの生態学的心理学の理論だけでは話が通じない。具体的な鑑定方法を考える必要が出てきたんです。


―― そこからどのように考えられたんですか?


大橋 ギブソンの理論からすると「体験」とは、環境との接触ということなので、その接触についてどのように語られているかに着目しました。供述者は何かを思い出すんだけど、分析する方は、何があったかわからない。だから、その供述者の語りの中に過去がどのように表れてくるのか、その過程を明らかにしていくことに着目しました。体験したことを語る時と体験していないことを語る時の違いは何か、といったことなどです。なので、解釈的ではなく、実証的であるといえるでしょう。


―― 先生は刑事事件で目撃者や加害者の供述や自白の信用性について、これまでいくつも鑑定を引き受けてらっしゃいますが、初めて鑑定に参加されたのは甲山事件なんでしょうか?


大橋 甲山事件の差し戻し審から参加しました。すでに浜田先生が原審で裁判所に意見書を出していたので違う方法で検討せざるをえなかったんです。これが始まり。知的障害児の証言の特徴について分析しました。

 足利事件の自白では、実際に体験したことについては人との対話について語られていたが、犯行についての自白とされる部分では被害者である相手の姿が(語りから)消えてしまう。初めて会った子であれば、当然(被告人に対して)「いや」とか何か反応があったと考えるのが普通だけど、これが語られなかった。これは体験がないからだと考えられる。犯行を「やった」とはいっているけど、やったことを話せていない。そういう自白は自白とは言えないんじゃないだろうか。体験についての語りは実際にやっていないとやっぱり想像するのが難しい。「自分がどうした」までは想像してある程度言えるかもしれないが、自分がこうした時に「相手がどうした」まではなかなか語れない。


―― 「詳細な自白は信用できる」みたいに言われますが、本来検討すべき「詳細さ」は一般に思っている「詳細さ」とはちょっと違いそうですね。


大橋 重要なのは体験の詳細さだよね。そして、体験って何かっていうと、他者を含めた環境との接触。これがどれだけ話されているかは自白や目撃証言では大切だと思う。それが語りから抜けているっていうのはやっぱり疑ってかかったほうがいいんじゃないかな。


―― 甲山事件は知的障害の子どもさんがいらっしゃる施設での事件ですよね。


大橋 従来の心理学だと、心理検査とか知能検査を使って記憶できるかどうかといった能力で彼らのことを見ちゃうんですよね。記憶する能力があるかとか、嘘をつける能力があるかという能力論になって、こういう能力を持っているから証言が信用できるとか、そういう能力を持っていないから信用できないという話になる。そうではなくて、想起は一人で行うものではなく、人とのやりとりで行われるものなので、誰と想起を行ったか、思い出し方の特徴、どういうやり取りがあったのかといった特徴について分析するという方法をとりました。

 今、発見かと思っていることは、大崎事件や甲山事件、足利事件の供述に共通して見られるのは、どうやら体験がないと人とのやりとりを想起(?)するのが難しいということ。自分がこうした時に、相手が偶然こうしたっていうことを作り出すのはけっこう難しいんじゃないかな。知的障害の人たちは想像して巧みに語るってやはり不得意だと思うけど、それでも実際に体験したことについては語れないわけではない。これは結構見落とされてきたことだと思う。偶々起こったことも、実際に起こったことをそのまま話せばいいだけだから。 


―― 大崎事件の供述鑑定について、引き受けた経緯や苦労したことを教えていただけますか?


大橋 弁護士経由で話が来たと思う。事件によって資料が違うのだけど、供述調書などの資料があまり豊富でなかったので苦労した。ご本人(=大崎事件で主犯とされ、再審請求を行った女性)以外の共犯とされた方々は早々に自白していたこともあり、供述調書の内容があまり豊かではなかった。目撃者の証言も量が少なく、比較的貧弱な資料をどう分析するか苦労した。供述調書だけでは取調官とのやりとりが見えないので、こういった限界のある中で分析を工夫した。


―― 具体的にはどのような工夫をされたのでしょうか?


大橋 目撃に関する供述のところを最初分析していたが、量が少なかったのでもうこれ以上無理かなと思っていたところがあった。しかし「目撃していないところ」を分析してはどうかという着眼を得て、目撃場面以外の供述も分析対象にした。そうしたところ、事件に関係ない体験については語れているが、事件に関係した人とのやりとりについては語れない。目撃証言が出る前後の無関係なやり取りは語っているが、目撃したところになると突然語れなくなる。隠しているわけでもないのに語れなくなるのは変な話だよね。


―― 若手の人は気になっていると思うのですが、こういう仕事を引き受けた時は報酬とかは頂けるのでしょうか?(笑)


大橋 ケースによりますね。基本的にできるだけ早い段階で、鑑定料や意見書作成料について取り決めるようにしている。報酬だけでなく、事例を公表できるかどうかも、重要だよね。研究として発表できるかも重要。質的研究と捉えると、これ自体が研究になるので。ただし、分析にどれだけ時間がかかるかは資料とか読んでみないとわからない場合もあり、資料が少なすぎて分析がほとんどできなかったり、アドバイスだけでいいですよっていう人もいるのでケースバイケース。分析した結果、「実際の犯行体験を語っている」可能性が高いという結論になる場合もある。


―― 何件ぐらい抱えてらっしゃるんですか?


大橋 僕はあんまり受けない方だと思っているけど、並行して案件を数件は受け持っている。


―― 後進についてはいかがですか?


大橋 若手はこの世界にどうやって入って来ればいいのか、どうやってトレーニングをすればいいのか考えることが課題だと思っている。プライバシーの問題があるので、いきなりフィールドに入って行きにくいところが難しいが、架空ではなく、現実のケースに近いようなものを集めたテキストやワークブックを作ってトレーニングできれば良いと思う。トレーニング資料としては海外のものが使えないので、日本の司法制度に合わせてつくる必要がある。あるところまでは個人でできるかもしれないが、スーパーバイジング、あるいはグループで行っていくのが一番良いと思う。


―― 今後のご活動についてはいかがですか?


大橋 興味があるのは人間にとっての時間の問題なので、過去だけじゃなく、やっぱり未来についても研究したい。ゴールとか目標とかプランとその実行に関する研究はあるんだけど、そうじゃなくて、未来の未知なるものという性質を生かした研究はあんまりないよね。占いの研究とかのほうがまだ近い(笑)

 未来っていうと頭の中にあるものというイメージがあるかもしれないけど、その場で作られていくところがある。進路相談とか、三者面談で本人は「〇〇大学に行こう」とか思っていても、先生とか親とかに何か言われるうちに、あらぬ方向に行くことあるよね。ああいう場面を録画して分析すれば見えてくるんじゃないかな。

 裁判官の意思決定とか、判決をどう考えていくかもまさに未来だと思う。裁判員の場で、どういう風に判決が決められていくのかも未来。

 手相占いだと、手のひらを見ながら「こういうところに何が出ている」とか言っている時に、手相を見られている人が「私は大学に行くつもりです」って言ってしまうと本人の意思表明になってしまって、占いにならない。でも「私は大学に..」って言った時に手のひらを指差しながら、「ほら!ここに大学に行くって出てる!」って言うと占いになる。


―― (笑)確証を与えるんですね。


大橋 確証を知覚できるものに変えていく。でも、その手相が大学に行くという風に「見える」のは占い師だけ。これが占いの場の特徴かもしれない。つまり、未来というものはその人の手相の中にあるんだけど、本人は気づいていない、そのことに気づくのは占い師だけ。たとえば、占いの時に手を引っ込めようとすると占い師に手を引っ張られたりする。占い師が占いという場を支配しながら、占いっていうのは進められていく。


―― 先生は占いを信じる方ですか?(笑)


大橋 いや、どっちでもないかな(笑)


―― 受けたことあるんですか? すごいリアルなお話ですよね(笑)


大橋 ある。その時は「あぁー」って思うんだよね。でも後でちょっと会話を自分で分析してみると、「この時はこういう発話でこう来ているのか」ってわかる(笑)。これは面白い研究だと思うんだよね。


―― それは占い師の嘘を暴くことになるんでしょうか?


大橋 そういう風にはなりたくないと思うんだよね。これも供述分析と関係するんだけど、嘘っていうことを言った瞬間に、僕らは嘘か嘘じゃないかっていう判断をしてしまう。そこには意図の問題が入ってきてしまう。僕らの分析は人の内的な心の状況を推測するのではなく、その場で何が行われているかを見たいので、嘘かどうかという話になると意図が入ってきてしまって、その場で何が行われていたかを丁寧に見なくなってしまうおそれがある。会話の内容が嘘かどうかによって解釈されてしまう。だから解釈の世界にできるだけ入らないよう、あくまでその場で過去がどう立ち現れているかを徹底的に見ていく方向で行きたいと思っている。

 そう考えると、今までの冤罪事件とかっていうのは、解釈の応酬になってしまったから問題になったと言えるのではないだろうか。嘘だと仮定すれば嘘に見えるし、一方、本当だと仮定すれば本当に見える。このレベルで問題を考えてしまったために、無罪になったり有罪になったりするケースがあるんじゃないかな。そういった時に、その人の供述の特徴、取調官とどういったやりとりをしていたのか、ここにあくまでも注目し続けるための研究方法と考えている。嘘か嘘じゃないかとか、予め一方の仮定を立てて考える方が楽なんだけどね。


―― ラットから占いまで、先生の研究の幅の広さに驚きました。今後の先生の研究も楽しみにしています。本日はどうもありがとうございました。



甲山事件: 1974年に兵庫県の知的障害者施設で園生2名が死亡した事件。保育士が殺人容疑で起訴されたが、1999年に無罪が確定した。


足利事件: 1990年に栃木県で女児が殺害された事件。翌年逮捕された男性は無期懲役で服役していたが、遺留品のDNA型が再鑑定で男性のものと一致しなかったため、2009年に釈放、翌年無罪判決が確定した。


大崎事件: 1979年に鹿児島県で起こった事件。4名が殺人・死体遺棄で有罪となったが、自白の信用性が問題となった。主犯とされた女性が出所後に再審請求を行い,2017年6月に再審開始が認められた。



インタビュー後記:

  • 結構好き勝手に話をしてしまいました。インタビューをまとめるのは大変だったことと思います。ありがとうございます。これから、若手研究者の皆さんと一緒にいろいろな活動をすることができればと思います。(大橋)

  • 大橋先生のさまざまなご経験は聞いていましたが、今回のインタビューで、それらがどのようにつながっていたのかがわかりました。小学校、中学校の卒業文集や卒論、博論まで見せていただき、先生のご興味の一貫性を知ることができました。(松尾)

  • 先生の研究の幅の広さに感服しました。自分の興味を具体的な研究の形にするにはどうしていくべきか考える良い機会になりました。貴重なお話をありがとうございました。(福島)

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