インタビュー

インタビュー2021.04.04

【第4回】村山 満明 氏(大阪経済大学人間科学部教授)

 村山 満明(大阪経済大学人間科学部教授)
 1985年広島大学大学院教育学研究科博士課程前期(教育心理学専攻)修了、広島県立保育専門学校教諭、広島女子大学講師・助教授、県立広島大学助教授等を経て現職。専門は臨床心理学、法心理学。研究領域は、供述分析。主著に『尼崎事件 支配・服従の心理分析』(共編著)(現代人文社)、『東住吉冤罪事件』(岩波書店)
 我藤 諭(龍谷大学矯正・保護総合センター・嘱託研究員)
 2007年龍谷大学大学院法学研究科博士課程法律学専攻単位取得満期退学。専門は法心理学、司法福祉学。研究領域は、供述分析、性加害行為のあった知的障害者への心理教育及び福祉的支援。
 山田 早紀(立命館大学 立命館グローバル・イノベーション研究機構・研究員)
 2014年立命館大学文学研究科心理学専攻単位取得退学。専門は法心理学。研究領域は虚偽自白、虚偽供述。



―― よろしくお願いします。早速ですが、村山先生は、供述分析の研究を始める前は、どのような研究をされていましたか。


村山 仕事が保育士養成の学校だったので、あまり研究らしい研究はしてなかったのですが、臨床心理、カウンセリングとかがメインですね。仕事のかたわらで臨床をずっとしていました。


―― どこかの現場でカウンセリングに行ってらっしゃったということですか。


村山 大学の学生相談室などでいくらか、あと少し病院などでもカウンセリングなどをしていました。


―― 臨床心理学を始められたきっかけは何ですか。


村山 ここはオフレコかも(笑)。高校くらいに初めて心理学をしようかという、個人的な動機が(笑)。それから、心理学でも臨床というか、たまたまそのころ読んだのが、ユングだったり、河合隼雄先生だったり。テレビでも講座とかがあって、ちょうどたまたまそういう時期だったということでしょうか。そういうのを少しみて、興味をもって勉強をしようかなというところです。


―― 先生はいつぐらいから供述分析を始められたのですか。


村山 「広島港フェリー甲板長事件」というのが最初になります。弁護団から浜田寿美男先生に依頼があって。広島の事件だったので手伝ってくれる人はいないかという話になったらしいです。その話があった前に、たまたま大学で浜田先生をある講座の講師にお招きして、そのとき初めて浜田先生にお会いしました。浜田先生の先輩が広島の児童相談所にいらっしゃって、その方を介して講師をお願いしたのですが、今度はその方を通して僕のところに手伝って欲しいという依頼が来ました。


―― それは積極的に受けられたのですか。


村山 まあ、おもしろそうなので(笑)


―― そのときにグッドジョンソンの被暗示性のスケールなどを使われたのですか。


村山 グッドジョンソンとかは当時、全く知りませんでしたが、そのときに紹介されて使うことになりました。ただ基礎データは日本ではないので、日本のデータをとらなきゃいけない。そのへんは脇中洋さん(現大谷大学教授)が大学でとってくださった基礎的なデータを使わせていただいて、被告人のデータを比較してみました。


―― 二件目が東住吉事件ですか。


村山 順番はちょっと・・広島港の事件の鑑定をやっていたときに弁護団で八海事件の原田香留夫先生がかかわっておられて、別の民事の鑑定が一番目。で、それから広島港の事件、東住吉事件だったような気がします。その後も、そこでかかわった広島の弁護士さんからいくつか依頼を受けました。供述分析の依頼の多くは浜田先生経由ですが、広島の弁護士さんからも依頼を受けて今に至るという感じです。


―― 今までで何件くらいの供述分析をされましたか。


村山 鑑定書とか意見書の形で書いたのは、同じ事件で何件か書くこともありますが、事件数だと20件ちょっとくらいかと思います。


―― 野暮な話ですが、勝率は・・、関西に村山先生が来られたときに負けなしだと聞いたことがあるのですが。


一同 (笑)


村山 そんなことはありません。たまたまだと思いますが、「広島港フェリー甲板長事件」は一審で無罪、二審でかかわってそこでも無罪が確定した件。それから広島の介護施設放火殺人事件では一審で無罪を獲得。あと、東住吉事件。かかわっていた当時は全然でしたが、最終的には再審無罪でした。それから志布志事件の国賠ですね。判決をみてもあまり触れられていませんが(笑)。ほかにもわいせつ事件とか服役中で無罪を訴えていらっしゃる事件など何件かかかわりましたが、それらは勝てていません。やはり供述の分析だけでは難しい面もあると感じます。


―― 臨床から供述分析に入られたときに違和感みたいなものはありましたか。


村山 違和感みたいなものはあんまりなかったかもしれません。実際の事例を扱うという点では臨床と重なっている気がします。最初は確かに、浜田先生の意見書を参考資料にしてみようみまねじゃないけど、てがかりにしてやってみました。臨床をやっていて、浜田先生から手伝うように依頼されたときは、そういう点で頼まれたと思いますけど、僕が勝手に深入りしていたのかもしれません(笑)。広島港の事件は供述分析だけじゃなくて、被告人の心理学調査などの心理的特性についての検討も必要でした。それを勝手に、僕が凝るほうだったので(笑)。


―― 供述分析は今後、体系化をはかっていったほうがいいのでしょうか。あるいはあくまでも個別事例検討としたほうがいいのでしょうか。


村山 まずは個別事例的に書いていくことになるのだと思います。そうかと言って自分流というわけではなく、自分だけが分かればいいものでもありませんよね。裁判官たちを含めて了解可能なものにしなければならないと思っています。供述分析をもうちょっと広い専門分野の方にやっていただくにはこれからどうすればよいか、ということだと思います。どこまで体系化できるか。もう少し整理は必要だと今、思っているところです。可視化によって以前のかたちのデータとは違ってきていますし、以前のような自白獲得の調べ方とは違っていると思います。何日もかけた取調べで自白をとるのはかなり難しくなっていると思いますし。そういったなかで今、何ができるか、これから役に立っていくかということについては考えていかなければならないと思っています。東住吉事件は殺人事件とされた事案でしたが、供述分析がわいせつ事案などについてももう少し日本でも役立てられるような、弁護士、裁判官が使えるような知見を築いていく必要があると思います。


―― 何か具体的に検討されていることはありますか。


村山 昨年2018年の法と心理学会で、山本登志哉先生と石塚章夫先生と一緒にワークショップを企画して、予想外のことがありました。石塚先生は元判事ですが、判事の視点からみたことや思いを聞いて、なるほどなぁということもありました。判事の見方と心理学者のみたことのズレについては山本先生がまとめてくださいました。そのへんのことはこれから大事になってくると思います。今までは「裁判官はわかってないじゃないか」と考えざるを得ないことが多々あったのですが、そうではなく、どうすればお互いに接点ができるかということについてはもう少し考えていかなければと思っているところです。

 判事さんは法廷で供述をみていたり、直接聞いたりするものであると思っておられて、そういうこところでやっている作業と心理学者のやる作業はやっぱり違うだろうと思います。僕らは調書をみて、せいぜい録音・録画されたものを見ている。判事さんは目の前で直接みて、心証をとったりする。もちろん僕らからみると、一面的に捉えていて、適切ではないだろうと思うこともあるのですが、裁判官からみたらどうかということも考える必要があると思います。供述分析は、裁判官がやっているような作業というわけではなく、むしろ事後的に検証する作業だと言ったほうがいいかもしれません。そういうものとして役に立てるという考え方も必要かなと思います。裁判官と心理学者のズレというか立場の違いのようなものを考えつつ、どういったところでお互い、役に立つかということを考えないといけないのかなと思っているところです。

 石塚先生がもう一つおっしゃっていたことで、「なぜ供述心理学はなかなか裁判所に受け入れられないのか」。これは判事さんが直に供述をずっとみてきていて、研究の歴史的にも判事さんがやってこられていて、それを心理学者が今になって言ってきてもなぁと、自分たちがやってきたというプライドがあるとおっしゃっていました。これは石塚説。戦後の歴史的な資料をみると確かに判事さんが供述の心理学についてやってきていて、心理学者がかかわるようになったのは浜田先生からで、本格的にはせいぜい20年かそのくらいでしょう。半世紀以上判事さんたちがやっていて、心理学者もそれなりにかかわっていたとは思いますが、深く入り込んでいるのは非常に少なかったと思います。有名なウンドイッチやトランケルの文献も翻訳したのは判事さんでした。

 ドイツ文献の話ですが、ウンドイッチらの文献を植村秀三さんによって翻訳されて以降、ちゃんとした紹介がなく、どちらかというと英米の文献が紹介されるようになっていました。ドイツ語圏のその後の供述分析や実験など、ドイツ語圏でも研究の実践の流れについて、ここから議論するなかで、その隙間を埋めないといけないかなと思っているのですが、じゃあドイツ語訳せるかという問題があって(笑)。そうやって石塚先生の話も聞いて、ドイツ文献を集めるには集めました。そういった事例を紹介して、日本でも適用できるようなところがあれば、ということで今、取り組んでいるところです。が、できるかなと・・(笑)。ここで公言しておけばやるかもしれない(笑)。浅田和茂先生(立命館大学)にもアドバイスをいただけるということでやっています。


―― 法学部、ロースクール、司法修習のなかで供述の読み方について学んでいないように思うのですが、先生が弁護士さんと話されていて、供述分析というか供述そのものに対する見方について、困った見方だな、言っても通じないと思うような場面はありますか。


村山 そうですね、弁護士さんと話していて困ったなというのは特に・・。ただ裁判官は「この人は嘘をついているのか」という目でみているらしいですね。それとは違う見方をしてもらうにはどうしたらいいかな、とは思います。目の前で話しているのを聞いているときは「この人はほんとのことを言っているか」と思いながら聞いてしまうとは思いますね。石塚先生は、民事裁判だと、両者の主張が食い違うときは、どちらかが嘘をついていることになるから、そういう聞き方、見方をするというふうにおっしゃっていました。だから、刑事裁判でもそういう見方をしてしまうと。そうなると、どこかで供述分析の手法を検証的につかうというのも手かなと思います。

 話はそれますが、アメリカの裁判官ジェローム・フランクが書いた本で『裁かれる裁判所"Courts on Trial: Myth and Reality in American Justice"』(1949年)というのがあります。それには、裁判は人間的な判断の過程で、単に法律を当てはめるだけではないということが書かれていました。裁判がどういうものかということが書いてある文献などを読むと、裁判についてもう少し理解してとらえていく必要があるかなと思います。石塚先生の言葉でいうと「裁判官も人間である」ということですね。最初は「先生ってすごい」と思うのですが、そのうち「たいしたことない」とわかりますよね(笑)。「お医者さんってすごい」って最初は思いますが、臨床とかで病院で勤務したりすると「やっぱり人間なんだな」と思うところもある。絶対的正しいというわけではなく、わからないことがありながら、迷いながらやっているわけですよね。だから裁判官もそうかなと思います。もちろん間違っていいというわけではなく、裁判はそういうことを前提とした営みなのだということを理解して、どうしていかなくちゃいけないのかということを考える必要があると思います。


―― 供述分析は、どういう人に向いていますか。


村山 供述分析はけっこう力仕事というか、供述を切り取って、並べて、変遷をみて、基本的なことは非常に力仕事で、スマートにスッとはいかないことが多いです。整理して整理して、そこからなにかをみていくことになる。また、ある程度その人が得意な分野を生かしていくことになると思います。僕も臨床心理をやっていて、その知見がつかえるというかつかわざるをえなくなる場面が出てきます。その人の得意とするものがあればつかえるかもしれません。


―― 最後に、若手、供述分析にこれから取り組みたい方々にメッセージをお願いします。


村山 実際の事件にかかわることはなかなかないと思います。たまたまの巡り会わせがないと難しいとは思いますが、是非、足をつっこんで、興味をもってもらえればと思います。それから、そういう場を今後つくっていくことは大事だと思っています。先ほどのドイツ文献の翻訳など、新しい場ができればもうちょっとできるかなと思います。


―― 今日はありがとうございました。


村山 ありがとうございました。



広島港フェリー甲板長事件: 1993年12月20日未明より当時Aさん方に宿泊していたBさんが失踪し、翌1月4日に広島湾の通称一万トンバースででき死体で見つかり、AさんがBさん殺害容疑で逮捕された事案。Aさんは早い段階で自白したが後に否認に転じた。裁判は一審無罪、控訴審ののち2001年にBさん殺害について無罪が確定。

 (引用:村山満明(2008).広島港フェリー甲板長事件心理学鑑定書 : 被告人の心理学的能力および性格特徴ならびに一連の供述の理解について 法と心理、7、pp. 93-106.)


東住吉事件: 1995年7月22日、大阪氏東住吉区の住宅内のガレージから出火した火災で、AさんとAさんの内縁の夫であった男性がAさんの娘にかけられていた保険金目当ての放火殺人容疑で逮捕された事案。2人ともその日のうちに自白して逮捕されたが、翌日には否認(黙秘)に転じ、最終的には否認に転じた。1999年第一審で有罪判決、2004年控訴棄却、2006年上告棄却で有罪が確定した。2009年に再審請求を行い、2012年2人に再審開始決定が出された。大阪地検は即時抗告をしたが、2015年検察側の即時抗告を棄却し、2人の再審が決定した。2016年2人に無罪判決が出された。

 (引用:村山満明(2019).東住吉冤罪事件 虚偽自白の心理学 岩波書店)


志布志事件: 2003年4月に行われた鹿児島県議会選挙の際に公職選挙法違反とされた事案。主犯とされた県議とその妻、選挙区だった曾於郡志布志町(当時)の町民11名が逮捕され、長期拘留を受けた。県議夫妻と町民の13名(公判中に1名死亡)が起訴されたが、2007年、12名全員に無罪判決、検察側が控訴を断念したため、確定。2015年、元被告らが国と県に対して起した国家賠償請求訴訟で、鹿児島地裁は捜査の違法性を認め、国と県に対して侵害賠償を命じた。

 (引用:日本弁護士連合会(編(2008).えん罪志布志事件 つくられる自白 GENJINブックレット55 現代人文社))






インタビュー後記:

  • いつもは研究会などでご一緒させていただいているお二人からインタビューを受けるとことになり、いささか面はゆく感じました。しかし、それも自分の経験を話して後進にとつなげるべき年代になったと言うことでしょうか。我藤さん、山田さん、ありがとうございました。(村山)

  • 村山先生の貴重なお話を伺い、心理学のなかで供述分析がどのように位置づくのか、また司法関係者とどのように協働していくのかを改めて考えさせられました。本当にありがとうございました。ドイツ語圏の研究の紹介を楽しみにしています。(我藤)

  • 供述分析について、いつもうかがっているのとは別の角度からのお話をきけて大変楽しかったです。また新しい情報がたくさんあって、今後の供述分析についてじっくりと考える機会になりました。貴重なお話をお聞かせくださいまして、ありがとうございました(山田)

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